ころすけポーのクッキング・ノート


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ころすけポー
  • Author:ころすけポー
  • 僕(ころすけポー)は料理を作ることが好きだったりします。

    最近はあまり作る機会は与えられていないけれど、中華なべをふるったりして料理を作ることは楽しいし、とってもクリエィティブな行為だと思うのです。
    そんな楽しいことを女の人だけにさせているなんてもったいない…とさえ思います。

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    バジリコ好き

    「お昼スパゲッティだけど、何がいい?」買い物に行こうとするカミサンの問いかかけに「バジリコ」と答える。
    こんな調子でバジリコがこのところ僕の定番になっているのだけど、何度も「バジリコ、バジリコ」といていたら、いい加減にしろと怒られた。

    バジリコスパゲッティがどういうわけかマイブームになってしまい毎日でも食べていたいくらいなのだけど、バジリコをつくるための市販のソースにはイマイチ不満が残っていた。
    うちではバジリコの時にはレトルトパックかビンに入った市販のバジリコソースを使っている。そのメーカーのそれもなんだか一長一短で物足りないのだ。何がいけないのだろう。塩かオリーブオイルかと考えていて気がついた…たぶんバジリコそのものの風味にかけるのだ。

    生のフレッシュバジルを入れればいい。と考えたのだけどウチの近所のスーパーではフレッシュバジルが売っていない。売っているスーパーで見かけたときもホンの少しのパックであきれるくらい値段が高かった記憶がある。

    ハーブなんだから、園芸センターにでも行けば鉢で打っているはずだと思いついた。そう思いついたのが今年の春先だったのだけど時期が早いのか、近所の園芸センターにはバジルがおいていなかったので、種から栽培することにした。プランタンに種を植えて芽が出るのを待つ。少し目が出てから間引きして今年の夏には大きく育ってバジルが溢れるくらい使うことが出来た。笑ってしまったのは間引きして取った芽を別のプランタンの中に入れて家の裏に放って置いたのだが、気がつくとそこでバジルが大量に繁殖していたことだ。思わぬ収穫に喜ぶ。

    それ以来、スパゲッティのたびに庭から20枚ほどバジルの葉を取って来て使っている。

    自家製バジリコ(無農薬)の味は専門店にも引けを取らないのだった。

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    【2005/11/22 00:03】 クッキングノート | TRACKBACK(0) | COMMENT(1) |

    カツカレーとビール
    カツカレーが嫌いだった。
    僕はカレーライスは好きだしトンカツも大好きなのだが、このカツカレーというのはどうも苦手だ。カツカレーを食べていると、どうしても分けて単品で食べたいと思ってしまって集中できないのだ。
    (そこまで集中して食い物にこだわるなと言われると反論できないが…)

    大体、カツとカレーをくっつけるなどという安直な発想をどこのバカが始めたのか、責任者出て来い!と思っていた。


    でも大人になって食事中にビールを飲むようになってその考えが変った。

    スキー場ではカツカレーが一番だと思うようになった。
    今はそんなことないだろうけど、昔のスキー場のレストランにはラーメンかカレー程度でろくな食べ物がなかった。(今でも値段だけ高くてたいしたものがないところが多いが…)
    その中で唯一ビールを飲みながら食べられるものがカツカレーだった。ビールのつまみにもなるしそれだけでお腹がいっぱいになる飯にもなる。

    カレーがかかったとんかつにさらにソースをかけて食べる幸せ。

    ああ、カレーにトンカツをあわせるというような天才的な発明をした人に感謝したい。


    【2005/01/26 21:57】 クッキングノート | TRACKBACK(0) | COMMENT(0) |

    ラーメン大好き、コイケさん

    ラーメンに限らずぼくは麺類が好きだ。3食麺類でもかまわない。よくご飯が無いと嫌だという人がいるが、僕はそうは思わない。
    我が家では夕食がパスタやパンという日が多いが僕はむしろその方が好きだ。
    まあ、それは好みの問題だからどうでもいいのだけど…

    そんな『面食い』じゃなかった『麺食い』のぼくでもどうも納得がいかないのが、行列のできるラーメン屋という言葉だ。

    学生の頃、杉並の荻窪に長く住んでいたから有名どころのラーメン店にはよく出かけた。雑誌にもよく紹介されるラーメン店が駅のそばにあってそこはいつも行列が出来ていた。

    ラーメンなんて行列をしてまで食うものかよ。

    一緒に荻窪に住んでいた友人とそう話していたことがある。マスコミがもてはやすたびに、そんな思いがしてしまうのだ。
    平日の好いてる時間帯だとそんな店でも待たずに席につくことが出来る。地元に住んでいたからそんな時間帯を見計らって友人と行列のできるラーメン屋に入った。そのラーメンを食べてみて思ったのは、確かに美味いかもしれないが行列をしてまで食うものかよ、という気持ちは変らなかった。

    この店のラーメンは薬味のネギの代わりに大麻を使って客を中毒にしているのかもしれない。というのはもちろん冗談だけど、マスコミや人の口コミに僕達は弱い。

    行列のできるラーメン屋も、行列が出来るほど美味いラーメン屋ではなくて、行列が出来ているからなんとなく食べてみたくなるラーメンなのだ。

    つまらない話だ。もっと人知れずに美味いラーメンがいっぱいあるのだ。

    家内の叔父が家の近所でラーメン屋をやっている。
    今、僕は、このお店の特製ニンニクスープラーメンが一番美味い、と思っている。

    【2005/01/23 11:34】 クッキングノート | TRACKBACK(0) | COMMENT(0) |

    ああ、牡蠣フライ
    子どもの時の味覚は大人になって酒を飲むようになってずいぶん変わった。
    僕は子どもの頃、牡蠣フライが嫌いだった。牡蠣そのものがダメでどうしてあんな内臓のような黒いところまで喜んで食べるのが信じられない思いを、牡蠣に対してずっと持っていた。
    あれは人類の食べ物ではないと思っていたのだ。

    大学に入り一人暮らしをはじめた頃、近所の食堂で安いというだけも理由で、その日のランチの牡蠣フライ定食を食べて、それまでの思いを一新した。タルタルソースとまじった牡蠣フライのうまさにはじめて気がついたのだ。
    なぜ、僕はこんなに美味いものを食べずに人生を歩んできたのか、とさえ思った。それくらいその店の牡蠣フライ+タルタルソースは美味かったと今でも思う。

    それ以来好んで機会があるごとに牡蠣フライを食べている。
    牡蠣フライは美味い。牡蠣に限らず僕は生の貝があまり好きではなので、生牡蠣にはいまだに抵抗があるが、それでも火を通した貝は大好きなのだ。牡蠣のバター焼きとか…

    牡蠣鍋も好きだ。学生時代に友人と居酒屋で牡蠣鍋を囲んでいた時など、争って牡蠣を相手から隠しながら食べるということをやっていた。

    これまで食べてこなかった恨みを晴らすかのように一時牡蠣ばかり食べていたのだ。

    今でも秋になって牡蠣の季節になると、心の中でコブシを握っている…。


    【2005/01/19 15:10】 クッキングノート | TRACKBACK(0) | COMMENT(0) |

    さかな魚さかなー

    さかな、さかな、さかなぁー、さかなをたべるとォー
    あたま、あたま、あたまぁー、あたまがよくなるゥー


    子どもの頃僕は魚がほとんど食べられなかった。いまでも頭が悪いのはそのせいかもしれないが、唯一食べることができたのが、カレイのから揚げだった。
    白身のそれは他の魚のように汚らしい気がしないで、むしろ好きだった。

    食事というのは異物を自分の中に取り込むことだ。
    子どもの僕には魚の皮や内臓のような黒いところが生理的にうけつけられなかった。それを租借することを考えただけで嫌な気がしたのを覚えている。

    我ながら繊細な子どもだったのだろう。
    だが月日というものは恐ろしいもので、その繊細な少年も今では鰯やさば秋刀魚が大好きだし、秋刀魚の腹や鰯の頭もバリバリ食べてしまうようになった。

    生きることはある意味で穢れることなのかもしれない。そうならばその穢れにとことん付き合ってやろうとどこかで開き直ってしまったのだ。

    いい年をして食べ物の好き嫌いを得々と(半分自慢しているかのように)話しているのはとてもみっともないことだ、とある時気がついた。
    今でも自分の周りにこの手の人がたくさんいるけれど、男だったら(女でも同じだけど)出されたものは何でも「うまい、うまい」といって食べる方がずっとカッコいいと僕は思う。
    変にグルメぶって知ったかぶりの知識を振り回すよりも、黙って「おいしい」といって笑っている…

    …そういう大人に私はなりたい…。
    【2005/01/09 09:40】 クッキングノート | TRACKBACK(0) | COMMENT(0) |



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